5/03/2011

記録







東北に来て 1番始めに一人で住んだ 仙台市宮城野区。
そこは 波乗り好きな仲間が集まる事で有名な
仙台新港まで約10分程の場所でした。

震災後、テレビやネットで いろんな情報が飛び交い
事態は分かっていたけれど、
どうしても自分でその光景を見、記録しておきたかったので
ここに掲載します。
(※見たく無い方はクリックしないでください。拡大してしまいます。)



このブログを書き始めた、 一番初めの日記 でも書いた海です。

ここは、海までの一本道。
仙台新港ポイントに続く、最後の一直線道路は
テンションを上げてくれるロケーション。
けれど、今回の一直線道路は周囲が瓦礫の山でした。






どこまでも続く瓦礫。そして物凄い匂い。





焼けてしまった工場。





3~4階くらいある高さの屋根が折れ曲がり
流されてきた瓦礫が山積み。





車はさかさまに。





周りにある民家は、瓦屋根がバラバラに落ち
ブルーシートで修復をしている方もいました。

海までは立ち入りが出来ず、
海の近くにあったコンテナ置き場のコンテナが
散乱しているという事でした。
この全ての光景を見て、言葉を完全に失ってしまいましたが、
自分の目で見、" 絶対に忘れてはいけない "
手を合わせながら、本当にそう思いました。


ここに昔から住む人は、この場所を離れられないといいます。
必ず戻ってきて、またここに住むと。
何年かかっても良いから、
ここでまた笑顔でみんなと逢いたいと。


山形も仙台も 私はダイスキです。
どちらの県にも、この12年間 私を支えてくれた
たくさんの友人がいます。

仙台独特の穏やかで、ゆるい時間の流れ。
また、素敵な時間を作れる日を願って止みません。